乱れた世を、
神託で鎮めた女王
『魏志倭人伝』に記された、邪馬台国の女王。倭国の大乱を鎮めるため共立され、神に問う術で国を統べた。三世紀の古代日本、最大の謎をまとう人物。
倭の大乱と、共立
二世紀の終わり、倭国は乱れ、戦が続いた。諸国の王たちは、ひとりの女を共に立てれば争いが鎮まると考える。そうして選ばれたのが卑弥呼だった。彼女は人前にほとんど姿を現さず、ただ神に問い、弟がその言葉を世に伝えたという。神聖な距離が、彼女の権威を保った。
能(よ)く衆を惑わす
魏との外交、銅鏡百枚
239年、卑弥呼は魏に使いを送る。皇帝は彼女を「親魏倭王」と認め、金印紫綬を授け、銅鏡百枚を賜った ― と『魏志倭人伝』は記す。古代日本の女王が、大陸の大帝国と対等に渡り合ったその外交。神に問うだけでなく、世を読む眼を、彼女は確かに持っていた。
消えた女王と古墳
248年頃、卑弥呼は世を去った。径百歩の塚(巨大古墳)が築かれ、奴婢百人余りが殉葬されたと伝わる。死後、男王が立つも国は再び乱れ、十三歳の少女・台与が女王となって秩序が戻った。神に近かった女王の墓はいまも特定されず、邪馬台国の場所もまた、千七百年の謎のままに。