完成よりも、
探究を愛した人
1452年、トスカーナのヴィンチ村に生まれ、1519年、フランスで世を去った。残された数千枚の手稿が、その尽きせぬ好奇心を今に伝える。
私生児の工房時代
公証人の私生児として生まれ、正規の学問からは遠ざけられた。だが、それが彼を「経験」の人にした。フィレンツェのヴェロッキオ工房で頭角を現し、師が筆を折ったと伝わるほどの才を見せる。学歴ではなく、観察がレオナルドの教師だった。
万能人として
『最後の晩餐』『モナ・リザ』を描く一方で、人体を解剖し、水の流れを研究し、飛行機械や戦車を設計した。鏡文字で綴られた手稿には、解剖図、植物、渦、幾何学が混在する。彼にとって芸術と科学は、ひとつの探究の表と裏だった。
未完の巨匠
多くの作品が未完のまま遺された。だがそれは怠惰ではなく、探究が尽きなかった証だ。「私は、自分が決して何も学ばなかったかのように、学び続ける」。死の床でも、彼はまだ問い続けていた。完成は終わりであり、彼は終わりたくなかったのだ。