道徳と経済は、
両立できる
1840年、武蔵国の農家に生まれ、1931年に世を去った。農民から幕臣、官僚を経て実業家へ。「公益を追求する経済」を、生涯をかけて実践した。
農家の子、幕臣へ
藍玉の製造と養蚕を営む農家に生まれた。家業を手伝う中で、若くして商いの算盤を覚える。やがて尊王攘夷に傾倒するも、縁あって一橋慶喜に仕え、幕臣に。パリ万博では随員として渡欧し、西洋の銀行・株式会社のしくみを目の当たりにした。
五百の企業を興す
明治政府の大蔵省を経て、実業界へ。第一国立銀行を皮切りに、東京証券取引所、王子製紙、東京ガス、帝国ホテル……生涯に約500もの企業の設立に関わった。一社を独占するのではなく、産業全体を興す。それが渋沢の流儀だった。
道徳経済合一
晩年、著書『論語と算盤』で説いたのは、利益と道徳の両立だった。私利私欲のためでなく、公益のための経済を。約600の社会事業や教育機関も支援した。「富をなす根源は仁義道徳にある」――近代日本の資本主義に、彼は魂を吹き込んだ。